主体107(2018) 9月 22日

不世出の偉人と少年団員

6.6節とともに過ぎた朝鮮少年団の歴史は早くも70余年を数える。

その日々は、朝鮮の少年団員が不世出の偉人の懐で愛と祝福を受けながら国の頼もしい担い手に成長してきた日々であった。

愛の祝福

チュチェ35(1946)年6月6日、ピョンヤンでは朝鮮少年団創立のための平壌市少年団団体の連合会が行われた。

キムイルソン主席は新しい祖国の建設にあれほど多忙を極めるなかでも急を要することを後に回して自らこの集いに参加した。

学生少年の熱烈な歓呼に手を上げて応えた主席は、こぞって新しい朝鮮の喜びを抱いてこの国を立派に花咲かせる未来の担い手になるべきであると教えた。そして、君たちは新しい朝鮮の宝、新しい朝鮮の主人らしくすくすく育ち真に熱心に学んで民主主義の新しい朝鮮を建てる英雄になってほしいと祝福した。

大きな期待と確信がこめられたこの言葉のなかで主席は「新しい朝鮮」という表現を数回も使った。

少年団員が未来の主人になる朝鮮民族の新しい歴史を見通すかのように主席は満面に笑みを浮かべて集いに参加した学生少年を頼もしげに眺めた。

朝鮮少年の政治組織である朝鮮少年団は解放(1945.8.15)の翌年にこのようにして主席の愛の祝福の中で創立された。

前線への道と野営への道

1993年と言えば、大兵力と最新戦争装備が総動員された史上最大の米国―南朝鮮合同軍事演習「チームスピリット93」と帝国主義連合勢力の「核査察」騒動のため、朝鮮にいつ戦争が起こるかわからない超緊張状態がかもし出されたときであった。

こうしたとき、キムジョンイル総書記に呼び寄せられた数人の幹部は実に驚くべき事実に接するようになった。新たに建設されたソンウォン国際少年団野営所に出て見ようというのであった。

戦争と少年団野営所、あまりにも対照を成す意味合いであった。

敵の無謀な侵略策動に対処して全国の青年が我先に人民軍の入隊と復隊を志願しているとき、あまりにも悠然としている総書記の姿であった。その日、野営所を訪ねた総書記は長時間にわたって野営所の各所を見て回った。海水浴場にある跳躍台を眺めながら建物にふさわしく立派に再製作するよう教え、野営生にソフトクリームを正常的に作って食べさせる問題と世界各国の子供たちの野営問題にいたるまで述べた。

同日の夕、再び幹部たちと席をともにした総書記は松涛園国際少年団野営所をよく整備したとして、まず前線村の子供たちから野営させる方がいい、すると彼らはさぞ喜ぶはずだと切々と語った。

このように、総書記の野戦車は再び前線への道を走っているとき、子供たちはバスに乗って楽しい野営の道を走るという感動的な絵巻が繰り広げられるようになった。

総書記は前線へ 子供は野営所へ!

総書記の崇高な次世代への愛を長く伝えようとして作家は感動の気持ちを込めて歌詞「将軍と子供たち」を創作し、その後この歌は全国に高らかに響き渡るようになった。

肯定してあげた抱負

チュチェ101(2012)年6月6日、敬愛する最高指導者キムジョンウン委員長は朝鮮少年団創立66周年慶祝朝鮮少年団全国連合団体大会に自ら出席して全国すべての少年団員を祝う演説を述べ、午後には少年団代表たちとともに音楽会も観た。

委員長は、少年団員たちとともに丸一日を過ごしても名残を惜しんで数名の少年団代表を自分のそばに呼び寄せた。

喜びを隠し切れずひと走りに駆けてきた少年団代表を一人一人眺めた委員長は長江郡からきた学生にこの先大きくなったら何になるつもりかと聞いた。

人民軍に入隊して除隊されず一生軍官を務めるという答えを聞いて委員長は大変満足した。

その学生を人民軍の責任幹部と記念写真を撮らせた委員長は、将来決意したとおり人民軍に入隊すれば最高司令官の戦友になるという意義深い言葉を述べた。

それは例の少年団員に限っての光栄、誇りではない。

6.6節慶祝行事に参加した2万余名の少年団代表たち、すなわち全国数百万少年団員が委員長に従って革命の長途を歩む燃えるような誓いを立てた。

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